[第11回蘇州最新経済リポート]
北京冬季五輪とゼロコロナ政策


著者:上場 大

もくじ 

1.北京冬季五輪~エコノミー、クリーン、グリーン

2.全国平均を上回る蘇州のGDP成長率

3.安徽省への支援

はじめに~ゼロコロナ政策と春節

 中国の生活に慣れると、「新春」は1月1日ではなく、「春節」のほうが心身に馴染むようになります。農歴の方が季節の移り変わりをよりくっきりと感じられるためかもしれません。今年の春節は、コロナウイルス感染者が各地で発生したため、「就地過年」が奨励される一方、厳しい移動制限が課されました。そのため、帰省の人流は、2019年に比べ60%減少したとのことです([i])。各企業には、帰省する従業員を事前に報告するよう地元政府から要請がなされました。市によって異なりますが、帰省しない農民工に対し、500元から千元の消費クーポンが配布されたそうです。

 国内の移動制限も厳しいものですが、中国国民の海外旅行熱もコロナ禍ですっかり冷え込んだようです。2019年までは、月間1千万人を超える人々が海外旅行にでかけていましたが、コロナ禍のなか、50~60万人まで急減しています([ii])。また、パスポートの更新・新規発行数も2019年の34百万件から2021年にはわずか百万件まで落ち込みました([iii])。国内の主要国際空港の損益は、軒並み赤字になっています([iv])。主要空港は国内便の離発着が頼りになっていますが、それでも2019年の6~7割程度に留まっています。最も厳しい防疫体制が敷かれている北京首都空港の昨年の旅客数は、2019年の50%程度です。

中国のパスワード新規発行・更新件数

 年末年始に帰国しようとした駐在員の殆どが赴任地で足止めを食らっているようです。12月に北京から東京に帰任した筆者の友人は、北京から大連まで高速鉄道で移動し、そこで一週間隔離措置を受け、その後やっと帰国便に乗ったとのことですが、折しも大連で感染者が発生し、高速鉄道の運行本数が激減したり、東京と大連をつなぐ航空便も減便や欠航が相次いだため、結局、北京から東京まで、高速鉄道の予約獲得までの待ち期間を含めると2週間ちかくかかったとのことです。帰国後も、「いつ北京から出られるのか」、「まだ大連で足止め?」という不安感のフラッシュバックに今でも襲われるそうです。

 一方、日本在住の中国駐在経験者は、2年に及ぶ「海禁」状態に、相当なフラストレーションをため込んでいます。中国に戻れないなら、中国生活経験者同士より集まってせめて神田や上野界隈の「正宗」中国料理を堪能したいところですが、相次いで発出されている「まんぼう」や「緊急事態宣言」で、それもままなりません。日本に持ち帰った「白酒」を開けて春節気分を味わおうにも、豪快、玄妙、麻辣な中国料理なしでは、アルコールのきつさが喉を焼くだけです。

 中国の厳しい「ゼロコロナ政策」は、「四早」を要諦としています。すなわち、感染者を早く発見し、早く報告し、早く隔離し、早く治療するというものです。初動が遅れたり、隔離政策や部分的「封城」がうまくいかない場合は、感染者が発生した地区の責任者が処罰されます。12月中旬から1月24日まで人口1,300万人の西安市が全市「封城」されましたが、産気づいた妊婦が病院に駆け込んだところ、PCR検査を受けていなかったため、院外で待たされているうちに流産したり、重篤な病気にかかった老人が、治療を受けられずに亡くなったという報道により、「封城」の在り方に対する批判がネット上に現れました。これに対し、西安市政府は、こうした事故を起こした病院の責任者を直ちに処分すると同時に、改めて「2+4+24」策を徹底するよう関係者に通知しました。すなわち、PCR検査で感染者が見つかった場合、2時間以内に感染者を隔離し、4時間以内に濃厚接触者を特定し、24時間以内に隔離とロックダウンといった防疫措置を講じるというもので、「四早」をさらに精緻化しその実施をスピードアップしたものといえます([v])。

 防疫を担当する部署の担当者は、手抜かりが発生すれば、「問責」、最悪の場合「免職」処分を受けます。ここまで厳しい措置が取られるのは、中国CDCが認めているように、中国の医療体制の貧弱さが背景にあります。大都市であれば、医療体制はそれなりに整備されていますが、地方都市や農村部の状況はまだまだのようです。一定人口あたりの医師・看護師数は東南アジア並みであり、ICUの数は人口10万人あたり3室とメキシコなみで、ドイツの1割にも満たない状況です(日本は5室)。

 政府は、経済と防疫の両立よりも、防疫を優先しています。14億もの国民を擁する中国では、国民それぞれの衛生に対する観念もピンからキリまでです。きつすぎる対策をシンプルに発出し、執行を厳しく監督しなければ抜け穴だらけになってしまう可能性もあります。中国のゼロコロナ対策の海外の評価は、2020年の武漢封城のときと比べると、厳しさを増しているようにも思えます。しかし、このような対策を取らなければ、大惨事になる可能性が高かったこと、国民の生命を守るのは政府の根本的な務めであることを考えれば、厳しい批判は「ないものねだり」のように思えてなりません。無論、ゼロ・コロナ政策が経済に与える影響は小さなものではありません。これについては第二節で取り上げます。

1.北京冬季五輪~エコノミー、クリーン、グリーン

 オリンピックを同一都市が夏・冬開催したのは北京が史上初めてです。また、施設費用は、約17億ドルで過去の五輪開催都市の中では最低レベルです。新たに建設された五輪施設はジャンプ台、ボブスレーのコース程度です。北京・張家港間の無人高速鉄道建設や北京市内の地下鉄拡張工事、選手村の費用や、五輪関連のインフラ整備に関する費用が含まれていないという批判がありますが、インフラ整備は「別腹」ですし、選手村に使用された集合住宅民間デベロッパーが開発したもので、五輪終了後に一般に販売されることになっています。これは、東京五輪の選手村と同じ扱いです。むしろ当初予算から野放図に膨張し、説明責任が曖昧なまま放置された昨年の東京五輪のお金の使い方に目を向けるべきだと思います([vi])。

歴代五輪にかかった費用(運営費を除く、億ドル)

 北京冬季五輪は、クリーンとグリーンを標榜しています。気温は零下となる北京とその周辺ですが、雪はそうそう降りません。そのため造雪機が必要となりますが、これに使用される水は雨水を浄化したものですし、会場で使用される電力は太陽光発電など再生可能エネルギーをメインにしています。滑降コースの造成のための山林開発は、コース内の樹木を植え換える措置が取られ、森林資源は保護されました。双炭(2030年までにCO2排出をピークにし、2060年までにカーボンニュートラルを実現する)を世界にコミットし、環境保護を大きな課題に掲げる中国の意気込みを示すものと言えます。

 「カルチャー」の面も指摘したいと思います。開会式の国別入場の順序は、2008年の北京夏季五輪同様、国名の簡体字画数に基づくものでした。入場行進についての規則は、IOCが1921年に「各国はアルファベット順に整列する」と規定しましたが、その後1949年に「ホスト国で使われているアルファベットの順番に従って入場行進を行うことがホスト国の特権である」と修正しました。非アルファベット国として最初に開催された1964年の東京五輪では英語のアルファベットが使用されました。しかし、1988年のソウル五輪では、初めてハングルの音順が使用されました。昨年の東京夏季五輪では50音順となりました。いずれも音順ですが、画数順を採用したのは中国だけでしょう。アラビア語やアルメニア語の表記はアルファベット文字体系、タイ語やミャンマー語は音素音節文字であり、アルファベット転換が容易です(日本の五十音も然り)。しかし、漢字という表意文字体系を持つのは中国だけです。新中国成立後、ピンインが開発され、漢語のアルファベット表記が可能となりましたが、それも21世紀に入ってからのことです。漢語は中国の近代化を阻害するものとして、とくに20世紀初頭の知識人から厳しく批判されていたようです(日本でも、明治時代に西周氏が日本語廃止を主張しました)。それでも、夏冬の北京五輪簡体字の画数に基づく入場が行われたのは、西欧の「普遍性」に対するささやかな反抗であるという見方もなされています([vii])。

 開会式の演出を担当したのは世界的に著名な映画監督の張芸謀氏ですが、彼は、2008年の北京夏季五輪の開会式の演出も担当しました。彼に対するインタビューの中で、2008年と2022年の演出違いについて、こんなことを言っていました。「2008年のときは、中国を世界に紹介するということが目的だったが、いまはその必要はない。この間、中国人の世界観は『私』から『我々』になった。中国の国民は、世界の人々と同じ善良で、おしゃれが好きで、ロマンチックなのです」。この発言からも、これまでの14年間の中国の発展と国際化ぶりが伺えます。

 また、冬季五輪開催に先立って、IOCのバッハ会長と会見した習近平国家主席は「中国人選手が獲得するメダルの数にはこだわらない。将来に向けてのモチベーションと活力をもたらすのがより重要だ」と述べています。国のトップとして自国選手のメダル獲得を願うのはごく当然のことですが、ここは、「大人の対応」をしたのではないかと思いますし、選手強化は国策でもあるので、当然、一定程度のメダルは獲得できるという自信のほどをのぞかせたのかもしれません。

 なお、米国人を父親に持ち、母親が北京大学卒の北京人である谷愛凌さんがフリースタイルスキー・女子ビッグエアで金メダルを獲得し、流暢な普通語で優勝の感激を語り、中国国民を大いに沸かせました。中国政府は二重国籍を認めていないことや、彼女の居住地が米国であること、まだ18歳であることなどから、中国国籍の取得には至っていませんが、冬季五輪出場にあたって、グリーンカードを取得したとのことです。いかにも中国と感じたのは、すでに「谷愛凌」という名前での商標登録が29件もなされていたことです。江蘇省東海県の会社によって2019年6月に28類(スキー板、スケート靴などを含む健康器具)で登録されたものが、昨年12月谷愛凌さんの中国代表として参加が決まった後、取り消し処分を受けています。ただ、登録分類が教育、広告、娯楽など11分野での登録については、いまのところ取り消しの動きはないようです([viii])。中国のビジネスパーソンの情報感知力と商機への目敏さには呆れ、感嘆の他ありません。

 東京五輪の選手村食堂で人気を博したのは餃子だったとのことですが、北京冬季五輪でも餃子(ただし水餃子)はかなりの人気のようで、一日あたり100キロもの餃子が消費されているとのことです。ちなみに、北京ダックもメニューにあるようで、これも一日80羽が消費されているとのこと([ix])。ほぼ半年の間隔で開催された夏冬の五輪は、餃子をアスリートの国際食にしたかもしれません。

2.全国平均を上回る蘇州のGDP成長率

 各都市の2021年のGDP成長率実績がほぼ出そろいました。蘇州市のGDP成長率は8.7%と全国の8.1%を上回りました。GDP金額は2兆2,718億元と2兆元の大台に乗りました。これは全都市の中で、上海、北京、広州、深圳、重慶に次いで第六位です([x])。

GDP規模トップ10都市のGDP
蘇州 GDP

 中国の経済成長率は、昨年後半から、各地で散発的に発生したコロナ感染者の封じ込めのための移動制限措置やロックダウン、7月の鄭州特大暴雨などの自然災害、10月以降の電力不足、不動産開発業界の債務問題に伴う開発投資の下振れ、それに半導体不足などの下押し圧力に見舞われた結果、時を追うごとに低下していきました。大規模水害に見舞われた河南省鄭州市のGDP成長率は全国を大きく下回る4.7%に留まりました。湖北省の襄陽市の成長率は14.7%、武漢市が12.2%と非常に高いものとなっていますが、これは、2020年のコロナ禍の影響で成長率が大きく落ち込んだためであり、2020-21年の平均成長率でみれば4~5%のレベルです。なお、省別GDP成長率が最も高かったのが山西省の9.1%でしたが、これは、昨年秋口以降の電力不足による石炭の増産と、その価格の高騰によるものでしょう。

 全国水準を上回る蘇州の成長を支えたのは製造業です。昨年の蘇州市の一定規模以上の製造業生産総額は前年比17.2%増の4.1兆元で、上海の3.9兆元、10.3%を追い抜き、製造業生産額全国トップの深圳市にわずか33億元の差に迫っています。深圳市の製造業生産額の成長率は4.7%に留まりました。深圳市では、華為やEV・車載電池メーカーのBYD、半導体の中芯国際といったいった戦略的大企業が積極的な投資を行っており、これらが稼働すれば、蘇州を突き放す可能性もあります。しかし、蘇州の製造業の高成長を支えているのは、設備機器や電子情報機器であり、それぞれ1兆元を超える規模で20%前後の伸びをみせています。また、IT、バイオ、ナノ技術、AIといった先端分野の生産額は9,623億元、製造業生産総額の23%に達しています。蘇州の製造業は「金の含有量が多い」と評するメディアもあります([xi])。先端的な製造業の成長をドライビングフォースとし、この勢いで成長が続けば経済規模が2025年までに3量元まで拡大することもあり得るでしょう。

深圳、広州、重慶、蘇州のGDP推移

 中国全体では、消費の落ち込みが目立っています。昨年の消費は通年で12.5%の増加となっていますが、8月以降、冷え込みが強まり、伸び率は月を追って低下し、12月には前年同月比1.5%まで落ち込みました。一方、蘇州について見れば、トレンドは同じものの、底堅い動きを見せており、通年では17.3%の伸びとなっています。この理由の一つが、感染者の少なさでしょう。蘇州の新型コロナウイルスの累計感染者数はわずか87名、死者はゼロ、昨年11月からは感染者ゼロの状態が続いています([xii])。

 もうひとつの理由が、住宅価格の安定ではないかと思います。昨年9月に起こった大手不動産開発業の恒大集団の債務不履行以降、住宅用不動産の市況は冷え込みを増すばかりです。多くの不動産開発業者は、地方政府から土地使用権をオークション形式で落札した時点で、建設工事が完了する前に、物件の販売を始めます。そうして調達した資金で土地使用権を買う、その上、建設業者への支払いも年に1~2度というように、一種の自転車操業を続けていました。資金調達ができなくなればたちまち資金繰りに窮します。需要と価格が右肩上がりで続く前提のビジネスモデルだったわけですが、2017年に「房住不炒」キャンペーン以降、融資規制や財務規制が相次いで導入され、恒大集団を始め、資金繰り難に陥る開発業者が続出しました。運転資金を手当てするために、開発業者の多くは値引き販売に走りましたが、買い手側は、価格の先行きを見極めるべく購入を手控えています。このため、住宅販売の伸びは下落の一途をたどっています。しかし、蘇州市について見れば、住宅価格は安定的に上昇していますし、販売面積も新築で20%、中古住宅で15%の増加をみせています。11月以降、市況はかなり厳しくなっていると伝えられていますが、そもそも供給量が少なく、需要が高いという基本的な需給構造は大きく変わっていないようです([xiii])。

蘇州市の社会消費額推移
蘇州市の住宅用不動産価格推移

 蘇州のみならず、今年の中国経済にとって最大の課題は、ゼロコロナ政策からの出口を見出すことではないかと思います。中国のワクチン接種率は80%を超えていますが、使用されているのは在来型のワクチンであり、その有効性はファイザー社などが開発したmRNAワクチンに比べ低いと言われています。また、オミクロン株に対する有効性については未知数のようです。このため、政府は国産mRNAワクチンの開発を急いでいるようですが、これを担っているのが蘇州の苏州艾博生物科技有限公司です。同社のmRNAワクチンは昨年1月から臨床試験が開始され、昨年12月には年産4千万回分の生産施設建設に関するパブリックコメントの募集が開始されています([xiv])。生産施設建設に関わる資金の目途もついているようです。蘇州のバイオ企業が、ゼロコロナ政策の出口戦略の突破口になることを期待したいところです。

3.安徽省への支援

 省・直轄市のGDP規模では北京を上回り、上海に次ぐ4.3兆元の規模を持っているのが安徽省です。昨年のGDP成長率は8.3%と全国水準を上回りました。しかし、その中身を見ると、省都合肥の経済規模と成長率が突出しており、その他の都市は、全国平均を下回っています。とくに、合肥市の北部に位置する蚌埠市の成長率は年間目標の8.5%を大幅に下回るマイナス2.1%の成長となってしまいました([xv])。マイナス成長の原因は、製造業の著しい不振のようです。蚌埠市の製造業生産額はマイナス8.3%です。投資に至ってはマイナス16.5%に落ち込みました。

 今年1月に省都の合肥で開催された「両会」の席上蚌埠市のトップは、「昨年来、当市は創新発展、産業強市、改革開放の新たな成果を獲得しようとしたが、経済は失速、発展からは逸脱し、産業構造は不均衡に陥ってしまった。今年は背水の陣の覚悟で臨む」と発言し、両会終了後、蚌埠市に戻った市政府幹部は、深夜に至るまで対応策を討議したとのことです。蚌埠市は、第一次五か年計画のとき、国務院により重点工業都市に指定され、中国で初めてのコンプレッサー、自転車、腕時計、冷蔵庫を生産し、全国にその名前を轟かせました。その後80年代には「加軽減重」のスローガンのもと、軽工業の拡充が図られました。しかし、90年代に入ってからは、隣接の沿岸部各都市に流出した結果、圧倒的な人材不足に陥り、経済・産業発展の基礎が崩れてしまったようです。これは蚌埠市に限らず、安徽省北部の地域において多かれ少なかれみられる問題となっています。

安徽省の各都市GDP推移

 安徽省は2013年から長江デルタ経済協調会に加入し、長江デルタ経済の一角を占めてきましたが、この恩恵を被ったのは皖南地域であり、皖北地域はさしたる恩恵を受けてきませんでした。この最大の要因は人材であると思われます。2020年の人口センサスによれば、中国の文盲率は2.6%とされています。しかし、安徽省についてみれば、この20年間で文盲率は大幅に低下したものの、依然4~7%と全国平均を大きく上回るレベルになっています。教育レベルが低いと現場で考えながら仕事をすることはほぼ期待できません。また、優秀な人材が流出した結果、政府も企業も創造性が劣化し、産業発展政策はいずこも同じという横並び主義に堕してしまったのではないかと想像されます。

 こうした事態を打開すべく、長江デルタ経済圏の有力市区が支援に乗り出しています。大都市部の高度人材は、その能力に見合った給与を得ているものの、仕事上のストレスは極めて高いと言われています。また、競争も非常に激しいようです。大手IT関連企業の殆どが、「末位淘汰」システムを導入しており、人事考課で下位10%は退職を勧告されるのが通例です。こうした人材に加え、新卒の人材を安徽省皖北地区の各都市に送り込むべく、隣接地域の各市・区はそれぞれにパートナー都市を割り当てられ、技術人材、管理人材、起業人材を送り込むという事業が始まりました([xvi])。また、安徽省の受け入れ都市は、住宅の斡旋、引っ越し費用の負担、あるいは、起業家には助成金を交付するなどの優遇措置を講じます。蘇州が支援を担任するのは阜陽市です。この他上海市の松江区、閔行区、浙江省の寧波市や杭州市も参加しています。

安徽省北部各都市に対する人材支援

 周辺都市による安徽省北部各都市に対する支援が奏功するかどうかはまだわかりませんが、人材の都市部への流出によって、経済・産業の発展に支障をきたしている地方は中国でも少なくないはずです。長江デルタ経済圏の一体開発は、国是ともなっている重要な戦略でもあります。いささか強引なきらいもありますが、地域格差を是正し、均衡のとれた発展を実現するためには、政策による人材移転も有効ではないかと思います。それにしても、蘇州のように高い成長を維持し、財政面でも健全な都市は、こうした「ノブレスオブリージュ」を求められるのだな、と改めて思います。

 おわりに~2つの50年

 今年は、日中国交正常化50周年にあたると同時に、ニクソン訪中50周年にあたる年でもあります。このときの日米のトップは、田中角栄氏とニクソン氏でした。田中角栄氏は、ロッキード事件で、ニクソン氏はウオーターゲート事件でいずれも失脚していますが、ニクソン元大統領が中国の「開国」を導き(キッシンジャー元補佐官がこの根回しを行いました、)、田中角栄元首相がその後の日中経済・産業関係の拡大に果たした役割は決して小さくありません(この根回しは大平正芳外相が担いました)。

 この四人のうち存命なのはキッシンジャー博士ですが、物故した三名が今の中国の発展振りを見ていたらどのように思ったでしょうか。各種の刊行物を読んで思うのは、これらの指導者は、確実に中国の発展を見通していたことです([xvii])。

 なお、50年前の当時、少子高齢化を憂えていたのが大平正芳氏でした。そのために、彼は消費税の導入を訴えましたが、猛烈な世論の反対にあい、その心労に加え自民党内の激しい派閥抗争もあって心不全により急逝しました。その後、日本の少子高齢化対策は、まったくの無策の状態が50年続いたわけです。昨年行われた営利目的の塾禁止をはじめとする「双減」政策の眼目は将来予想される少子高齢化を念頭においたものです。産休や育休の延長や、子育て助成金などの制度も各地で導入されるようになっています。これも日本を反面教師とした政策かもしれません。

 今日、中国の発展を「脅威」と捉える向きが少なくないようです。しかし、中国の地方経済を子細にみると、発展から取り残された地域が少なくないことがわかりますし、様々な格差の問題や、発展の遅れに対し、政府が全力で取り組んでいる姿も伺えます。その成否を見極めるには時間を要しますが、それらの努力から我々が学ぶことも決して少なくないと思います。「脅威」の感覚を乗り越えることにより「共生」の可能性が生まれると思います。2つの50年を迎える今年、改めて「共生」について考える良い機会が訪れているのではないでしょうか。

以上

上場 大


[i] 春运正式启动,不能回家咋办?多地发就地过年“大礼包” 2022-01-17中新经纬客户端

[ii] 《中国出境旅游发展年度报告2021》发布:2022年出境旅游发展存在很大不确定性2021-11-23中工网讯

[iii] Closed China: why Xi Jinping is sticking with his zero-Covid policy February 1, 2022, FT

[iv] 2021年国内上市机场业绩欠佳,新一年是否能逆势翻盘?2022-02-01 CARNOC发布

[v] 西安本轮疫情结束:新冠病毒如再袭,下一个“西安”怎样应对2022-01-24来源:澎湃新闻

[vi] 「東京五輪の大罪~政府・電通・メディア、IOC」本間龍、2021年、ちくま新書

[vii] 「チャイニーズ・タイプライター~漢字と技術の近代史」トーマス・S・マラニー、比護遙訳、2021年中央公論新社 P18

[viii] “谷爱凌”商标2年前开始被注册、达11类,专家:涉嫌恶意抢注2022-02-10来源:澎湃新闻

[ix] 冬奥村高峰时一天吃掉100多公斤饺子,午餐消耗80多只烤鸭2022-02-10央视新闻

[x] 全国GDP50强城市,谁是“守门员”?2022-01-29国民经略

[xi] GDP十强城市新年寄望:经济预期增速调低,智能汽车高举高打2022-01-30搜狐城市

[xii] 实时更新:新型冠状病毒肺炎疫情地图 (baidu.com)

[xiii] 2021年苏州楼市白皮书:成交增长超2成 形势却依然不景气2021-12-31凤凰网房产苏州站

[xiv] 艾博生物完成6亿元B轮融资,谣传估值破百亿2021-04-08雪球

[xv] 被点名要“背水一战”的蚌埠公布数据:去年GDP同比降2.1%2022-01-28来源:澎湃新闻

[xvi] 皖北抢人“雷声小雨点小”,沪苏浙结对帮扶能否破局2022-01-17搜狐城市

[xvii] 「キッシンジャー回想録 中国(上・下)」ヘンリー・キッシンジャー、2021年、岩波現代文庫など


著者 上場 大 

1955年生。一橋大学卒後、銀行勤務を経てメーカーに転じる。現在中国ビジネス関連のコンサルティングを行う。主な著書に「中国市場に踏みとどまる」(草思社)。日経ビジネスオンラインで「中国羅針盤」を連載。中国とのお付き合いは17年に及ぶ。