[第3回蘇州最新経済リポート]
2021年の中国と蘇州


著者:上場 大

もくじ 

1世界に先駆けて経済が回復

2蘇州経済~2020年の実績

3.2021年の蘇州経済発展戦略~キイワードは労働生産性


はじめに

 春節快楽!例年のこの時期はかならずといって良いほど中国に滞在し、友人たちと旧交を温め、「年貨(歳の市)」で買い物を楽しむのですが、コロナ禍のため、今年はそれもままなりません。「春運」と言われる春節の時期の帰省ラッシュも今年は見られません。党・政府の「就地過年(その場で年越し)」の掛け声に応え、多くの人たちが現在住んでいる地域に留まり、静かな春節を迎えることになりました。農民工の場合、春節休暇の期間、所得を失うことになりますが、これに対する補償金も支給されるようです。昨年、コロナ禍での雇用対策の一環として、企業負担の失業保険を減免する措置が取られましたが、蘇州市の吴江区では、減免した分を従業員に還元する措置が取られました。対象となった企業は1万9千社、従業員数は29万人、還元される資金は総額3,734万元に上ります。また、昨年12月、成功理に終わったデジタル人民元の試行を踏まえ、春節には抽選に当たった15万人を対象に1人当たり200元の「紅包」も支給されます。

 一方、世界に目を転じてみると、待望のワクチン接種が本格的に動きだしています。中国でも昨年10月から接種が開始されました。今年に入ってからこの動きが加速しており、接種件数は2月11日で4千万人に達しました。接種料金は、国薬集団の場合、一回あたり300元の価格が設定されましたが、1月に入って、ワクチンは公共財であると政府が認定し、以降、無料となっているようです(但しPCR検査には80元かかります)。接種後は副作用を確認するため30分間病院に留まっていなければならないそうです。筆者の友人も春節前に接種を終えました。これで安心して春節を迎えられるというメッセージが微信に届きました。ワクチン接種にあたっては、接種を避けるべき既往症リストや、接種後の注意事項、接種にあたっての手続きなどのマニュアルが要領よくまとめられ、スマホを通じて提供されています。接種後の倦怠感を想定し、接種後はなるべく水分を多くとり、過激な運動をしないように、という注意も記載されています。

2月10日時点の国別ワクチン接種件数(百万件、各種統計から筆者作成)
1 世界に先駆けて経済が回復

 2020年の中国の経済成長率はGDP規模1兆ドル以上の国のなかでは唯一のプラスで2.3%に達しました。今年の成長率は7~8%と予想されています。下図からもわかるように、回復の速さと成長率の高さは世界でも群を抜いています。コロナ禍により、経済活動が様々な制約を受けたなかでのプラス成長は、経済と感染防止対策を両立させた結果と言えます。党・政府の強力なリーダーシップにより、感染防止対策は大掛かり、かつ急所急所を押えたきめ細かなものでした。前者についていえば、政府は、大規模な検査体制を整備しました。人口500万人以下の都市の場合、全市民を対象としたPCR検査を三日以内に完了させる体制の整備が要求されました。陽性者が発生した場合、社区(最小の行政単位)ごとに分けてロックダウンが実施され、地区や地域を跨いだ感染を抑え込むことに成功しています。

中国、新興国および先進国の経済成長率の実績と予測
(IMF World Economic Outlook 破線は2020年1月の見通し、実線は2021年1月見通し)

 次に、中国の主要都市のGDP成長率を見たいと思います。主要都市とは、人口1千万人以上の「超大都市」(上海、北京、重庆、广州、深圳、天津)、1千万人未満500万人以上の「特大都市」(東莞、武漢、成都、杭州、南京、鄭州、西安、済南、沈陽、青島、蘇州)合計17都市です。市がまるごとロックダウンされた武漢がマイナス成長だったのはやむを得ないとして、首都北京、最大の経済規模を有する上海市の両市が、全国平均成長率を下回っているのは、巨大都市であるがゆえに、他の都市に比べ、より厳しい感染予防措置が取られたためと思われます。特に、北京では市内各地で小規模なクラスターが頻発し、その都度、発生対象地域が封鎖されました。そのため2020年の成長率は1.2%に留まりました。北京に隣接する天津も同様な状況から低い成長率となっています。しかし、その他の大都市を見ると、殆どが全国平均の成長率を上回っています。特に、華為(ファーウエー)の本拠があり、今や中国の情報通信産業の重心となっている広東省東莞市の成長率は6.5%と群を抜く高さです。航空宇宙産業の拠点でもある陝西省西安市の成長率も5%を超えました。阿里巴巴の本拠がある杭州は4%。それ以外の大都市も3%を超える成長を見せています。第一四半期の成長率が全国的な行動制限措置により軒並みマイナス成長に陥りましたが、いずれの大都市も驚異的なリバウンド振りといえます。

六大超大都市、11大都市のGDP規模と成長率(億元、%、各市統計局、経済工作報告をもとに筆者作成)

 日本では想像できないかもしれませんが、中国の都市間の競争は、非常に激しいといわれます。人口500万人以上の大都市は、いずれもGDP規模1兆元を目指してしのぎを削っています。経済規模が大きくなるほど都市に課された使命は大きく、重くなります。とくに習近平政権が発足して以来、GDPの成長率を維持するだけでなく、産業の高度化、環境問題への配慮、貧困対策、市民の福利厚生の改善など、地方政府には様々な課題への取組が求められるようになっています。それを後押ししているのが競争です。毎年この時期になると、省別、都市別のGDP規模や成長率のランキングが発表され、それぞれの「成績」が可視化されます。各都市でも、管轄下にある区や県のランキングが公表されます。ランクを落とさないよう、末端に至るまで必至に頑張るわけです。競争に勝つためには、優秀な人材が求められます。とくに市場経済が発達し、産業構造が急速に高度化している現在、大都市や重要な省の地方政府のトップには、国家級の国有企業、国有金融機関、中央エリート官庁から続々と人材が送り込まれるようになっています。また、人材の若返りも図られており、80年代生まれの地方政府のトップも続々と生まれています。中国経済が素早く回復を遂げた一因として、こうした地方政府同市の競争があるとも言えるでしょう。

 蘇州経済~2020年の実績

 2020年、蘇州のGDP成長率は全国平均を上回る3.4%となり、金額ベースでは2兆元を超えました。省都南京を大きく上回る水準です。この結果、都市別でみた蘇州市のGDP規模は全国6位となっています。ちなみに、2020年の江蘇省の一人当たりGDPは、127,285元で、北京、上海に次いで全国第三位となりました。

 蘇州の経済・産業が2020年も引き続き堅調に推移することになった要因は4つあると考えています。まず、産業構造が、「231」から「321」へ転換してきたこと。すなわち、第三次産業が成長を牽引する構造が出来上がってきたことです。第三次産業の成長率は3.5%と製造業を上回りました。成長の3割程度がEコマースや情報通信サービスによって牽引されています。蘇州のGDPに占めるサービス産業の比率は2020年で52.5%に達しています。


蘇州市2020年の生産・投資・消費・貿易(億元、%、蘇州市統計局資料から筆者作成)

 次に、製造業における、ハイテクと戦略分野が高い成長を実現しました。医薬などのバイオ関連産業は41%という極めて高い成長を見せ、計測器は15.6%、電気機器は10.2%と二桁の伸びとなりました。自動車や電子・通信機器も5%を超える伸びとなっています。これらハイテク・戦略産業の生産額は製造業の生産額の50%以上を占めています。企業数は9,772社と1万社に迫る勢いです。技術力の根幹となる研究開発投資のGDPに占める比率は3.7%に達しました。特許受理件数は138千件で、前年比71%の増加です。OECD31か国のGDPに占める研究開発費の比率は2.37%ですから、これを1%近く上回っています。ちなみに、日本の研究開発投資のGDP比が最高だったのは2014年の3.4%でした。

 第三に、投資における民営企業の役割が大きいことです。2020年の中国の投資を牽引したのは主に国有企業でした。全体でみれば民営企業の投資の伸びは1%に留まりましたが、蘇州の場合、民営企業の投資は5.9%で、国有企業の6%にほぼ匹敵する伸びを見せました。しかも、蘇州市全体の投資に占める民営企業のシェアは69%と全国レベルでの55%に比べるとかなり高い水準にあります。ちなみに2020年の新規企業登録数は29.9%も増加し、総数は244万社に達しています。

 最後に、中国経済の時限爆弾とも言われている不動産開発が非常に抑制されていることとと、環境保護対策が着実に進行しています。不動産開発投資は全国レベルでは7%の伸びでしたが、蘇州の場合、マイナス0.5%と低調でした。一方、人口はじわじわと増えていることもあって、新築住宅価格はこの1年で7.6%上昇しています。ただ、特大都市の中でみれば、落ち着いた動きを言えるかもしれません。蘇州の交通の利便性、住み易さ、環境などを考えれば、この程度の上昇もやむを得ない面がありますし、過熱した投機といえる状況ではないでしょう。不動産に根強い人気があるのも、環境対策が進んでいることが背景にあるのではないかと思います。蘇州市は、江蘇省が第十三次五か年計画の中で、策定した「263」特別行動に基づき、環境対策を進めてきました。「263」とは2つの削減(石炭消費と化学工業の生産能力の削減による環境負荷の低減)、6つの対策(太湖の水質改善、生活ゴミの削減と分別、汚水対策、畜産業の環境汚染対策、揮発性有機物対策、潜在的環境汚染対策)、3つの向上(環境保護基準、環境保護政策、環境保護管理・執法)です。この政策によってPM2.5は43%低下し、長江の蘇州市沿岸の水質は生活用水として使用できるレベルの2類に改善しています。生態保護のための面積は3,258㎢に達しました。


蘇州市と高新区の新築住宅の平米単価(元/平米、安居客の参考価格)

 2020年2月18日の蘇州市両会において李亜平市長が行った政府経済報告は、コロナ禍を乗り越え、全国平均を上回る成長率を達成し、先端技術・戦略産業の重要基地としての自信と自負を感じさせるものだったいえるかもしれません。蘇州市は、人口規模では、552万人と11特大都市としては10番目の規模ですが、人口規模よりも、GDP規模、中でもサービス産業、ハイテク・戦略産業において実質的に省都南京を凌駕するポジションを更に高めようとしているといえるでしょう。

3 2021年の蘇州経済発展戦略~キイワードは労働生産性

 蘇州市の2021年の数値目標は、次の通りです。①経済成長率6%以上、②固定資産投資10%以上、③消費7%以上、④貿易は前年並みの成長、⑤研究開発投資のGDP比3.75%前後、⑥労働生産性6%。このなかで、注目すべきは労働生産性ではないかと思います。労働生産性とGDP成長率はほぼ同じ動きをしますので、経済成長率の目標だけでも十分かもしれません。しかし、それでも、労働生産性の上昇率を目標に掲げたことには戦略的な目標があるのではないかと想像します。

 労働生産性は、労働者/従業員一人時間あたりの物的生産量あるいは付加価値生産額です。この伸びが高いほど、効率が上昇し、その結果、企業の利益と従業員の賃金が上昇します。ちなみに、日本の労働生産性は一部製造業では世界トップレベルにあるものの、国全体としては実質GDPベースで年間0.3%の伸びにとどまっています。これはOECD35ヵ国中20位ですが、蘇州が目標とする6%は、トップレベルにあります。

 労働生産性を向上させる要因は、設備の効率化と高度化、仕事の効率化、およびこれらを実現する生産や管理のシステムの効率化、そして、これらを具現化するイノベーションの推進に加え、従業員や労働者の訓練と士気の高さであると言えます。その意味、労働生産性には、以下のような様々な施策が含意として込められているのではないでしょうか。

 李亜平市長の経済工作報告の中で、2021年の施策として最初に挙げられたのがイノベーションの推進とそのための優秀な人材の獲得でした。内外から様々な分野の優秀な人材を集め、それらを市内の複数の科学技術センターに配置すると同時に、これらの人材による起業も支援します。そのために、科学技術と金融の相互連関を強化し、技術開発とその実用化に関わる資金面での支援が強化されます。金融とイノベーションの融合の端的なケースが、「新三板」と呼ばれるベンチャー企業の店頭株式公開です。蘇州市では2020年に14社のベンチャー企業が店頭株式公開を果たしました。これは全国の都市の中で第三位です。また、既存企業に対しても株式公開を促す動きも高まっています。昨年だけで蘇州市に登録する企業29社がA株市場への上場を果たしましたが、これは市としての新記録だそうです。

 創意とやる気に富んだ人材を集め、研究開発とその成果の事業化を支援し、それを新たなベンチャー企業の呼び水とすることにより、自ずと、類似のベンチャー企業が蝟集し、新たな技術開発の集積地を形成する、そうしたことを狙っているのではないでしょうか。

 さらに、こうしたベンチャー企業を支援するためのプラットホームとして、世界トップ500社や業界トップの企業との提携や連携の強化が目標として設定されています。蘇州に拠点を構えたベンチャー企業の「母艦」として事業化やマーケティングの支援獲得が目的と思われます。また、これを促進するためにも引き続き、外資企業や国内有力民間企業、そして中央国有企業の投資誘致が推進されます。

 そしてそのためのインフラ整備も推進されます。5Gの普及は大きな戦略課題ですが、2021年には市内27,000か所に5G無線中継局が設置される計画です。最新通信インフラの整備によって、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、ブロックチェーンといったIT技術の拡大発展が加速され、新たなビジネスモデルを創出することが期待されています。

 これらの事業を実際に担うのは、市外からやってくる人材や資本だけではありません。自前の人材養成も不可欠ですし、それを支える家族の安定した生活も重要です。このため、蘇州市は、今年中に、市内で40か所の学校の建設、改築、拡張を行い、20万人の労働者を対象に、職業訓練内容の見直しによるその高度化を実施する計画です。高等教育をさらにレベルアップするため、南京大学や中国科学技術大学、西北大学といった有力大学と提携し、その分校を蘇州市内に展開することも計画されています。今後進展する高齢化に対しては、市内に10か所の高齢者向けサービスセンターを設立すると同時に、介護保険の見直しも検討されるとのことです。

おわりに

 蘇州市の飛躍的な発展は、上海市の発展と軌を一にしていると思います。中国のみならず世界最大級の商業・産業都市となった上海の外延部に位置する蘇州は、最もその恩恵を受けたといっても良いかもしれません。また、中国政府が進めている金融開放政策により、上海は深圳とならんでニューヨークに次ぐ国際金融センターとしての地位を築きつつあります。蘇州市が進める、技術と生産そして資本が三位一体となった成長と高度化の戦略は、上海という存在の影響が大きかったと言えます。

 しかし、蘇州の経済・産業が発展・拡大・高度化するに伴い、蘇州の独自性がますます強まっているような気がします。まず、IT、自動車、バイオといった先端・戦略産業の集積度が進むにつれ、上海と蘇州の役割分担が生まれてきました。金融・消費の上海、先端技術を核として研究開発そして製造拠点としての蘇州です。2010年に企画された長三角一体化発展計画は、上海を核として、沿岸部、内陸部を一体的に開発することを目的としていました。その中で、蘇州は、無錫、常州とともに三市でひとつの経済圏とみなされていました。興味深いのは、日本の三大農機メーカーがこの経済圏に立地していることです。クボタが蘇州、ヤンマーが無錫、井関が常州といった具合です。売上に応じて西に立地している格好です。しかし、蘇州が、GDP規模で江蘇省最大の都市となったことから、杭州のように、独立した戦略経済単位として長三角経済圏における新たな位置づけが必要になっているのではないでしょうか。それとともに、無錫、常州との新たな役割分担も必要になってきているような気もします。

長三角一体発展計画概念図(上海社会科学研究院)

 歴史的に見れば、華東地域の主要都市は、蘇州と杭州でした。この二都市の各省内のGDPはいずれもトップです。また「上有天堂、下有蘇杭」とも言われた中国有数の景勝地でもあります。蘇州はかつて呉と言われ、杭州は越と称されていました。余計なことかもしれませんが、2020年代、中国が新たな経済・産業への転換を目指すなか、21世紀の「呉越同舟」戦略もまた一考に値するのではないでしょうか。ちなみに、昨年9月に蘇州市党書記(江蘇省党常務委員も兼務)に就任された許昆林氏は杭州商学院卒、国家発展改革委員会というエリート企画官庁で勤務した後、上海市副市長を経て現職に任じられました。上海、蘇州、杭州の三市を核とした新たな長三角(滬呉越)発展戦略も荒唐無稽ではないかもしれません。

著者 上場 大 

1955年生。一橋大学卒後、銀行勤務を経てメーカーに転じる。現在中国ビジネス関連のコンサルティングを行う。主な著書に「中国市場に踏みとどまる」(草思社)。日経ビジネスオンラインで「中国羅針盤」を連載。中国とのお付き合いは17年に及ぶ。