[第1回蘇州最新経済リポート]
新型コロナウイルス流行からの回復


著者:上場 大

もくじ

1新型コロナ流行を2カ月で抑え込む

2素早い製造業の回復

3.消費の回復と淮海街

4.2021年の蘇州


はじめに

11月以降、日本は新型コロナウイルス流行のいわゆる第三波に襲われています。感染者数や死者数は欧米を大きく下回っていますが、外出自粛などによる経済活動の縮減は大きく、OECDが12月に発表した予測では、経済成長率がマイナス3.7%に落ち込むとされています。

一方、武漢市や湖北省全省をロックダウンし、「戦時体制」で新型コロナ流行抑制に取り組んだ中国は、3月のロックダウン解除以後、5月には、減税や公共投資の拡大による経済対策を始動させました。6月~7月に華東地区を襲った水害や、8月の台風による黒竜江省の被害などがあったものの、経済は順調に回復しています。OECDの予測では、今年の中国の経済成長率はプラス1.8%で、G20諸国の中では最高水準となっています。

1 新型コロナ流行を2カ月で抑え込む

蘇州市は、人口1,079万人、市のGDP規模は1.93兆元(約30兆円)と、市としての経済規模は江蘇省ナンバーワン、全国でもトップレベルです。蘇州市は、武漢のロックダウンと合わせ、1月26日に、学校閉鎖をはじめとする外出制限措置を打ち出し、春節の帰省時期であったこともあることから「五要五不要」政策を打ち出しました。五つの要とは、①要報告(帰省や出勤する際の報告)、②要検査、③要通風・清掃、④要検診、⑤要自己防護です。五つの不要(やってはいけないこと)は、①不要公衆活動、②不要交流、③不要デマ、④不要パニック、⑤不要野生動物接触で、蘇州市民はこれらを厳格に守るよう要請されました(東京都の「五つの小」とはずいぶん違いますね)。また、1月の末には、感染抑制後を見据えて、感染予防策と経済復旧策の検討が開始されました。「五要五不要」を徹底するため、住宅各地域には2名の防疫員が常駐し、検温や入出管理が行われました。

蘇州市新型コロナウィルス感染者数

この結果、蘇州の感染者は、1月28日に1名が確認された以降、87名まで増加しましたが、それも3月10日までであり、それ以降、今日に至るまで一人の新規感染者も発生していません。87名の感染者は全員回復しており、死者はゼロでした。市は、五要五不要政策を徐々に緩和する一方、4月の黒竜江省や吉林省でのクラスター発生、7月の北京での発生など、全国各地で散発的に発生するクラスターに対応すべく、その都度、発生地域から蘇州への移動に対し制限・隔離措置を取るなど、感染者の流入抑止に務めてきました。市の新型コロナ流行抑止政策は、現在では、「外防輸入 内防反弾」という政策に切り替わっています。市外からの感染者の流入を抑え込み、市内での感染再発を抑え込むというものです。その意味、蘇州市は、依然警戒の手を緩めてはいません。

2 素早い製造業の回復

その一方で、経済の常態復帰は着々と進んでいます。まず、企業経営や工場の操業は、6月にはほぼ通常に復帰し、以後順調に拡大しています。1-9月の蘇州のGDP成長率は2.4%で、中国全体の0.7%を大きく上回りました。とくに、蘇州を代表する産業である、電子情報機器製造、電気機械製造、自動車製造は、それぞれ3.5%、7.6%、3.6%という堅調な伸びを見せています。また、サービス分野では、ソフトウエア開発と情報技術サービスの伸びがそれぞれ9.8%、7.4%という高いものとなっています。また、蘇州の固定資産投資は、今年の10カ月で累計4,458億元、前年同期比6.4%という全国でもトップレベルの伸びとなっています。中でも、中国の産業発展において戦略的に重要な新エネルギー、IT、半導体分野といった新興産業の設備投資は、1,091億元で、35.1%という高い伸びとなりました。

次に、蘇州の経済回復を主導したのは中堅規模の民営企業だということです。1-10月の固定資産形成の伸びを見ると、国営企業の2.6%に対し民営企業は3.6%の伸びとなっています。同じ時期、中国全体の固定資産投資は1.8%の伸びで、国有企業が4.9%、民営企業がマイナス0.7%でした。また、企業規模別にみると、中規模企業の投資の伸びが4.5%と、大規模企業の1.2%の伸びを圧倒していることです。蘇州の中堅企業の俊敏な回復力と逞しさが感じられます。

第三に、コロナ禍の中でも、技術研究開発が旺盛に行われました。1-10月の蘇州の特許申請件数は約14.5万件で、前年同期比31%も増加しました。特許認定件数は10.3万件で、この増加率は72.6%にも上っています。 最後に、外資企業の蘇州進出と蘇州での投資に衰えが見えないことです。1-10月の外資企業の蘇州での投資件数は965件で、20.2%増加しました。新規投資認可額は、160億ドル、68%もの増加です。新たに蘇州に設立登記された外資企業数は197社に上りました。また、外資企業による投資実績額は669億元で13.8%の増加です。

3 消費の回復と淮海街

市内の製造業の回復は上記のように目を見張るものがありますが、消費については国内の移動制限措置がまだ散発的に行われていることや、海外からの入国には依然厳しい制限措置が取られていることから、回復の足取りは万全ではないようです。

中国主要都市の外食・ホテル売上

中国全体でみると、消費は1-2月に20%を超える落ち込みとなり、その後、徐々に回復し、9月に入ってようやく前年並みに戻りました。蘇州の場合、これよりも早く、6月には前年並みまで回復しています。ただ、通年でみれば、1-2月の落ち込みをカバーするには至っていません。それでも、全国の消費は1-9月累計でマイナス7.2%だった一方、蘇州はマイナス4%、10月単月でみれば4.5%と全国平均を上回るペースで回復しています。

ただ、ホテルや外食は1-9月通期でマイナス13.2%と厳しい状態になっています。しかし、他の都市と比べれば、蘇州の縮減幅はかなり小さなものとなっています。

消費喚起策として期待されているのが、蘇州市淮海街に建設された「日本小鎮」です。淮海街を日本風の街並みに改装しようという工事が始まったのがコロナ禍の余燼さめやらぬ4月でした。工事が完了したのが9月27日。国慶節の休暇の直前であり、かつ中秋の名月の時期でした。550メートルに及ぶ街並みには約60軒の日本レストラン(日料店)がずらりと並んでいます。「朝日屋」は2千平米の面積を持つ長江デルタ地帯最大に日本レストランです。「伊藤園」は、蘇州で最も古い歴史を持ち、ウエイトレスの接客の良さが評判になっています。「次郎」、「吉兆」は接待向けのレストラン。日本に行きたくてもいけない人々が、どっと繰り出しました。ここでのお約束は、和服を着ることだそうです。まだ夏の余韻が残る夕刻、浴衣を着た若い女性がそぞろ歩く淮海街の様子は中国国内でも話題になりました。何年か前、武漢では、桜の季節に和服を着て花見に訪れた若者が、管理員に追い出されるということが起こりましたが、蘇州ではそんなことはありません。そもそも、和服は呉服ともいいます。古式ゆかしい地元発祥の衣服ですから。

ちなみに、8月には、広東省仏山市にも日本街が誕生しました。歌舞伎町一番地のゲートを設置し、日本で使われていた信号機や道路標識、それにタクシーまでもおかれ、様々な日本語の看板が掲げられた長さ100メートルほどの街でしたが、意匠権侵害のクレームを受け、わずか2か月で閉鎖されたとのことです。

4 2021年の蘇州

今年も残りわずかとなりました。日中の往来は11月30日からビジネス往来について規制が緩和されましたが、日本からの出張者に対しては、①専用車での送迎、②宿泊施設の事前の了解、③勤務先での専用個室の提供、④出張者専用の世話人の準備といった条件があり、短期の出張を気軽に行う状態にはまだなっていません。

一方、中国の党・政府は、10月26日に北京で開催された五中全会において「双循環」戦略の推進を決議しました。国内の開発、生産を5GやIOTといった先端分野に底上げし、これを加速することによって内需の拡大につなげるという、新たな国内の経済循環を作り上げると同時に、アメリカのバイデン新政権の誕生を踏まえた中、新たな貿易関係やグローバルサプライチェーンを作ろうという戦略のようです。そして、11月にはRCEP(地域包括経済協定)が成立しました。この中核となるのが加盟15か国中最大の経済規模を持つ中国です。これによって、経済のアジアシフトがさらに進むものと思われます。

国内循環戦略において重要な役割を果たすのが先端技術ですが、その中心の一つが蘇州であると言えます。新エネルギー車や5G関連技術開発など、中国の産業発展をリードする業種が蘇州には集積しています。とくに2021年は、自動車産業において、実質的に新エネルギー車の本格的な普及活動が始まると言われています。

新たな技術開発は、一国の一企業だけでできるものではありません。内外のエンジニアや研究者との交流が不可欠です。新型コロナウイルスワクチンが1年経たずして実用化の段階に入りつつあるのも、内外の研究者のオープンな交流に支えられたものともいわれています。外資企業の集積度の高い蘇州は、まさに、先端産業技術の交流の場としてもその存在価値を高めてゆくのではないかと思います。

おわりに

欧米や日本で猛威を振るっている新型コロナウイルスがいつ終息するかは、まったく未知数です。また、このパンデミックによりもたらされた世界経済の縮減からコロナ以前の状態に回復するには数年かかるともいわれています。コロナ対策によって増大した財政赤字を立て直すにはそれ以上の時間がかかるかもしれません。

蘇州の経済・産業発展は、自国企業だけではなく、日本を含めた様々な外国企業の活動によっても支えられています。改革開放以来、中国の発展の原動力のひとつとなったのが、中国の外資企業でした。中国の安価な労働力を活用した輸出加工の隆盛です。そして2000年代に入ると、外資企業は中国の旺盛な内需を取り込むべく、国内市場開拓に注力するようになりました。中国企業と外資企業との切磋琢磨が始まったわけです。それから20年を経て、中国は、グローバル規模の協調と共生を模索するようになっているのではないかと思われます。

そのプラットホームの一つが蘇州です。いち早くコロナ禍を克服した中国を見る世界の目は複雑です。中国に対する偏見や誤解も横行しています。この蘇州高新区東京事務所は、微力ながら、最新かつ正確な現地情報をお伝えすることにより、日中両国の経済産業の協力と発展に貢献すべく努力を続けてゆくつもりです。

著者 上場 大 

1955年生。一橋大学卒後、銀行勤務を経てメーカーに転じる。現在中国ビジネス関連のコンサルティングを行う。主な著書に「中国市場に踏みとどまる」(草思社)。日経ビジネスオンラインで「中国羅針盤」を連載。中国とのお付き合いは17年に及ぶ。