[第6回蘇州最新経済リポート]
消費爆発!


著者:上場 大

もくじ 

1.「五一」連休に消費爆発

2.第一四半期の蘇州経済~中国第六位にランクアップ

3.インフレ懸念?


はじめに

 「五一」と通称される労働節の休暇は、今年は1週間続く大型連休となりました。5月初め時点での新型コロナワクチン接種件数は約3億回に達し、新規感染者件数も数名単位で散発的に発生するものの、発生者の居住地区住民全員を対象としたPCR検査の実施と陽性者の迅速な隔離措置により抑え込まれています。4月の後半以降、新規感染者数はほぼ50人未満の水準で推移しています。国民に安心感が戻ったことから、「五一」連休時の旅行者数は延べ2.3億人と新型コロナ発生前の2019年同時期を上回りました。主な観光地は、観光客でごった返しました。

新型コロナウイルス新規感染者数の推移(国家衛生健康委員会)
「五一」連休時の蘇州拙政園

 中国製新型コロナワクチンについては、WHOが中国国家医薬集団の製品について79%の有効性を認め、5月7日に欧米以外の製薬メーカーが開発したワクチンとしては初めて使用を承認しました。同社の幹部に直接聞いたのですが、実際の有効性は90%を超えるとのことです。実用化を急ぐため治験の期間を短縮したことや、時間的な制約があって査読論文などの情報公開に遅れが生じたため、十分な有効性が認識されず一部で誤解が生まれたのは残念だが、開発現場では有効性の高さと副作用の低さは共有されていたとのことです。ちなみにこの知人は糖尿病の気があるのですが、副作用は全くなかったとのことです。

 こうした中国の製薬メーカーの自信に加え、国内のワクチン製造が量産軌道に乗り、かつ接種体制も1日あたり500万回、累計3億回に達したということから、ワクチン輸出も拡大傾向にあるようです。とくに、5月初旬の時点で、中南米諸国での中国製ワクチンの接種件数は7,580万回に達し、総接種回数14,350万回の53%に達しています。欧米の製薬メーカーが自国での接種を優先していたことから輸出に制限がかけられているなか、いち早くワクチン接種を大規模に拡大した中国が、その余勢を駆って、輸出を拡大しているわけです。これから冬に入る南半球では、感染拡大傾向が続いているので、中国製ワクチンの普及は干天の慈雨と言えるかもしれません。

 新型コロナ対策の「切り札」とも言うべきワクチン接種の拡大が経済に及ぼす効果は絶大と言えます。中国同様に、大規模なワクチン接種を実施している英国の場合、今年の経済成長率見通しは通年で7.5%に上方修正されました。ロンドンに住む友人は、4月に二回目の接種を受けましたがが、その案内は、〇月〇日×時×分に接種会場に来るようにという大変細かなのだったそうです。万事に大雑把なイギリスだけに、驚いた友人は、看護師に「いやに細かいね」と言ったところ、看護師はにこりともせずに、「今は戦時ですから」と答え、有無を言わさず注射針を打ち込んだそうです。イギリスの場合、大規模接種を実施するため、一定の訓練を受けたボランティアが接種を行っているそうです。イギリスでも一瓶のワクチンから5回分しか接種できませんが、余ったワクチンは回収して、その日のうちに、近隣の希望者に接種するとのことです。

 中国の場合、まず医療従事者からワクチンの接種を行い、それからまず大都市での接種を開始、それから地方に広げてゆくという方式が取られているようですが、その時差はそれほど大きなものではありません。4月初旬には、蘇州市でも大規模なワクチン接種が開始されましたが、ほぼ時をおかず、南西部の雲南省や、新疆ウイグルでの接種も開始されています。雲南省の省都昆明では、体育館を会場に、一日5千人を対象とする大規模接種が行われました。医療従事者が少ない地方には、省内の都市部あるいは省外から支援が入るとのことです。ちなみに、4月初めに、雲南省とミャンマーとの国境に位置する瑞麗市で数十名のクラスターが発生しましたが、全市民を対象としたPCR検査を実施するため、武漢市から移動検査車両と検査スタッフが送られたそうです。雲南省は、昨年1~2月にかけて武漢市がロックダウンされていたとき、新鮮有機野菜を合計5千トン提供しました。その「恩返し」という意味合いもあったのかもしれません。

 それでは、中国でのワクチン大規模接種の経済効果について見てみましょう。

1 「五一」連休に消費爆発

 まさに、「爆発」といってよい消費でした。国家信息中心や文化旅遊部が公表した連休期間中の旅行関連支出は前年の2.4倍に及ぶ1,132億元にのぼりました。アリババ傘下の旅行ネット予約サイト「飛猪」を通じた予約件数は前年の5倍に達したとのことです。レンタカーの利用件数は10倍も増加しました。観光客が殺到した四川省の観光名所甘孜州では小さな村に12,353人の旅行客が殺到したため宿泊施設が満室となり、あぶれた観光客約千人を体育館などに誘導し、軽食や毛布を提供するなど、簡易宿泊施設の整備に追われたとのことです。この時期、通常であれば、宿泊費用などは3割程度上昇しますが、話題になったのは微信に投稿された、一家4人の旅行費用に2万元かかってしまったというつぶやきでした。これが高いか妥当なのか、あるいは安いのかということで議論が盛り上がったようです。寄せられたコメントの殆どが、この程度の費用は当たり前というものでした。なかには一人1万元以上かかるのはあたりまえというものあったとのことです。

 観光客の爆発的増加とともに、「爆買い」も出現したようです。全省が免税特区となっている「中国のハワイ=海南島」を訪問した観光客一人当たりの買い物金額は9,600元に達しました。上海市でも連休期間中の買い物は、実店舗だけで197億元、前年比30.4%、2019年と比べても9.6%という高い伸びを見せました。レストランなどでの外食金額は約50%の増加です。乗用車の販売も好調だったようで、連休期間中の販売台数はガソリン車で30%、新エネルギー車で150%も増加しました。高級車を扱う北京のある4S店では一日あたり40台を売り上げたそうです。また、スマホ決済アプリの支付宝が発表したビッグデータによれば、博物館のチケット購入は17.9倍、コンサートのチケットは22.1倍、映画は15.3倍と、まさに爆増状態だったようです。

「五一」連休期間の都市別観光客数と観光収入(文化旅遊部、網易5月7日)
重慶市の観光収入は周辺部と重複しているので記載されていません

 蘇州について見ますと、5月1日から5日にかけて同市を訪れた観光客は628万人、2019年比10.9%の増加となりました。観光収入も同じく7.6%増の88億元です。観光客数では全国9位、観光収入では広州とほぼ並ぶ4位でした。また、蘇州の名物料理の一つがザリガニですが、この売上は、前年比70%も増加し、全国トップとなりました。文化都市蘇州を印象づけたのが、ネット配信でヒットしているドラマ「山河令」のテーマ曲コンサートが連休中に蘇州で開催されましたが、ネットで受け付けたチケット予約に60万人が殺到し、わずか14秒で完売になったとのことです。「山河令」はストーリーがいささか複雑ですが、一言で言えば、「古装劇」といって伝統的な漢服をまとった武侠・耽美ドラマです。ワイヤーアクションも満載です。当然、主人公は美男美女揃い。日本でもじわじわと人気が出ているようです。「古装=漢服」は若い女性の間でブームになっていて、これを身に付けた女性が、拙政園を歩く姿が五一連休でも結構目立ちました。ちなみに、「漢服」、「jk(女子高生)」、「洛麗塔(ロリータ)」は当今の若い女性に人気のファッションだそうですが、街中を見る限り、「漢服」がかなり優性という印象です。

 第一四半期の蘇州経済~中国第六位にランクアップ

 第一四半期の中国全体の実質GDP成長率は、前年同期比18.3%という高い伸びでしたが、蘇州市はこれを更に上回る21.1%という伸びを見せました。名目成長率は26.2%ですが、速報ベースの全国30都市の名目GDP成長率でみると、蘇州市は、武漢市の58.3%、温州市の28.5%、寧波市の26.3%に次ぐ全国4位となっています。金額ベースでは、成都市を抜いてランクをひとつ上げ6位となりました。

2021年第一四半期の都市別名目GDP金額と対前年比伸び率(各市統計局)

 昨年第一四半期、ロックダウンによって大幅なマイナス成長となった武漢市の50%を超えるリバウンドはそれなりに頷けますが、これを除外すれば、蘇州市の経済成長率は僅差で寧波市に譲って全国3位というものでした。この高い経済成長をもたらしたのは、製造業部門の急速な拡大であると言えます。蘇州市統計局によれば、製造業部門の第一四半期の付加価値は前年同期比で43%もの高い伸びとなりました。2019年と比べても11.2%の成長です。とりわけ、新エネルギー車を主軸とした自動車部門が74%、車載用のリチウムイオン電池が220%という猛烈な成長であり、これに次いで電子部品、省エネ・環境保護関連機器が50%を超える伸びを見せています。高成長を見せている分野はいずれも蘇州市が重要戦略分野と位置付けられており、その成果がポストコロナに入って如実に表れているといえます。

 ワクチン接種拡大による消費のリバウンドも無視できません。第一四半期の卸・小売金額は37.5%増の2,041億元となりました。宿泊・飲食業の売上は55.3%増の177億元です。いずれも2019年と比べ7%近い増加率です。第一四半期に蘇州を訪れた観光客数は2,660万人、前年の3倍になりました。蘇州市の人口は1,072万人ですから月ベースで見れば人口の8割に相当する観光客(出張者も含まれているはずです)が蘇州市を訪問しているわけです。観光収入は715億元でこれは4倍増です。もとより蘇州市は観光資源に恵まれており、様々な美食もあります。その上先進企業の集積度も高いので、新型コロナ克服により人流が拡大するのは当然かもしれません。なお、旺盛な消費の拡大に伴い、宅配便の数も50.6%増の4.8億件に上っています。

 次に、投資の状況について見ましょう。ポストコロナの中国の経済成長は政府主導のインフラ投資による面が少なくありませんが、蘇州市の場合、第一四半期の固定資産投資総額1,280億元に占めるインフラ投資は146億元です。インフラ投資は前年同期比50.6%という非常に高い伸びを見せましたが、それを大きく上回ったのが、製造業部門の投資でした。投資額は297億元で、2018年の最高額を更新しました。とりわけ、バイオ・医薬、インターネット関連、ソフトウエア開発関連投資は、いずれも前年同期比倍増という状況です。この結果、製造業部門における高度・新技術関連投資は、同部門の投資額の43%と半分近い水準に達しています。また、蘇州市の場合、固定資産投資を主導しているのは主に民営企業であり、その金額は786億元と60%を超えています。こうした投資の急拡大に伴い、新規の企業設立も増加しました。第一四半期の新規企業設立は17万社と前年同期比90%の増加となりました。

蘇州市の四半期毎GDP成長率(億元、前年同期比%、蘇州市統計局)

 貿易額も大きく拡大しています。第一四半期の貿易総額は859億ドルで、約35%拡大しました。とくにワクチン接種が本格化したアメリカ、EU向けの輸出の伸びがそれぞれ46%、53%と大きな伸びを見せています。特に蘇州市の主力輸出品である機械・電気機器やハイテク関連機器の貿易額は30%以上の伸びとなりました。

 なお、蘇州市経済にとっては金額的には取るに足らないかもしれませんが、市民生活にとって不可欠な畜産、とくに養豚については、大幅な改善が実現していることを指摘したいと思います。2019年に流行したアフリカ豚コレラにより、豚肉価格は大幅に上昇し、感染した豚を殺処分したことにより、中国の養豚業は深刻なダメージを受けました。蘇州市もこの状況を改善すべく、新たに繁殖用の種豚を導入し、飼育頭数の拡大を図りました。この結果、飼育頭数は3月末時点で前年同期比の241%増の12.7万頭に回復し、種豚の3倍増の1万頭に増加しています。野菜など農業生産は、天候にも恵まれ、前年を上回る収穫となっているようです。この結果、豚肉価格は二年ぶりに下落傾向を見せるようになりました。「五一」連休中、飲食業の売上は大幅に拡大しましたが、食品ロスや食べ残しを減らす努力も一方で推進されたようです。実質的な値上げとも受け取られるかもしれませんが、蘇州市の飲食業界は市政府の指導により、一皿あたりの盛り付け量を1~2割減らしているとのことです。

江蘇省の豚肉価格の推移(元/斤、猪易)
3 インフレ懸念?

 消費爆発はインフレを引き起こすのではないか? そんな懸念もささやかれるようになっています。いち早くコロナ禍を克服し、経済回復に邁進してきた中国は、今年第一四半期で2019年同期を上回る成果を見せました。世界第二位の巨大な経済規模を持つ中国の回復は、とりわけ、鉄鉱石や石炭、原油といった一次産品の需要を増大させています。2020年は、コロナ禍による世界的な需要減退の中で、一次産品価格は低迷しました。原油価格は昨年5月に1バーレスあたりマイナス40ドル前後と、歴史上始まって以来、売り手側がお金を払わなければ売れないという事態が発生しました。しかし、中国経済の回復と歩調を合わせるように、価格は上昇傾向を見せています。原油価格は、コロナ禍前の水準に戻っています。鉄鉱石や石炭価格は過去3年来の高値を更新しています。

鉄鉱石価格の推移(ドル/トン Market Trends)

 国家統計局が発表した4月の生産者価格指数は、前年同期比6.8%という高い伸びでしたが、これは、上記の一次産品価格の上昇を反映したものといえます。価格の上昇は一次産品だけではなく、半導体や電子部品にも及んでいるようです。日本でも3月に発生したルネサスの日立那珂工場火災により、車載用半導体の不足が発生しましたが、中国でも、旺盛な需要に対応しきれず、半導体不足が顕在化しています。この理由は3つあると思います。

 まず、コロナ禍による自動車や家電製品の需要減を見込んだ生産調整が行われたことです。最大手半導体ファウンドリーのTSMCは、汎用半導体の生産ラインを縮小しました。このため、昨年秋口からの中国の需要回復に迅速に対応することができなかったようです。次に、同じくTSMCの台湾本社工場で深刻な水不足が発生したことが挙げられます。半導体生産は大量の水を必要としますが、台湾では昨年来干ばつが続いている上、東部の水源地から消費地に水を運ぶ給水管があちこちで漏水を起こしており、半導体メーカーが必要とする水を十分に供給できなくなっているようです。このため、TSMCは急遽、工場内で使用する水の再利用システムを導入しましたが、工事には相応の時間が必要であるため、現時点でも、給水車を動員しているとのことです。最後に、トランプ大統領が行った中国向け半導体輸出規制も影響しているようです。バイデン大統領は、この政策を引き継いでおり、中国企業にとって、とりわけハイエンドの半導体確保のハードルは高くなりつつあるようです。

生産者価格上昇率(前年同月比%、国家統計局)

 ただ、こうした原材料や部品価格の上昇が、消費者物価に転嫁され、インフレにつながる懸念はどうやら低いようです。5月の中国の消費者物価上昇率は0.9%に留まっています。蘇州市の場合はこれをほんの少し上回る1%です(3月)。理由は2つあると思います。まず、今年に入ってからの生産者価格の上昇は、前年のマイナスをベースとしているので、2019年と比べて数%の上昇に留まっており、生産性の上昇で十分に吸収可能です。次に、中国におけるメーカーの価格競争は熾烈であり、製造コストが上昇したからといって、そう簡単に価格転嫁できないという事情があります。ただ、今後も原材料価格の上昇が続くようであれば、じわじわと、消費者物価にこの影響が浸透してゆく可能性は否定できません。

 インフレ懸念が高まると、人民銀行も金融引き締めに転じる可能性はありますが、これは景気拡大に冷や水を浴びせかけないので、当分様子見の状態が続くと思います。むしろ、インフレ懸念が深刻なのはアメリカの方かもしれません。アメリカではバイデン政権による大型景気刺激策が実施され、過剰流動性が発生しつつあると言われ、連邦準備銀行も利上げの可能性を否定していないようです。バイデン政権は、1.9兆ドルの景気刺激策に加え、2兆ドルに及ぶ国内インフラ整備計画を打ち上げています。2007年のリーマンショック時、中国が世界景気の回復を牽引するために実施した4兆元のインフラ投資を彷彿とさせるものですが、中国が、この後、過剰生産能力や過剰債務といった「二日酔い」に悩んだことを考えれば、手放しで楽観視することはできません。

おわりに~蘇州市の隠された競争力

 昨年の6~7月、長江流域は、1998年以来の豪雨とそれによる洪水被害に見舞われました。今年に入っても、北京では4度に渡って黄砂が発生しました。10年振りのことだそうです。4月25日には内蒙古自治区で巨大砂嵐が発生しました。そして、5月14日には、湖北省と江蘇省で竜巻が発生し、上海では雹が降りました。蘇州の吴江区盛沢鎮で同日午後7時に発生した竜巻は、中心部の風速が17級(秒速約60メートル)というすさまじいものだったとのことです。これにより、4名が亡くなり、19名がケガをしました。被害を受けた農家は84戸、何らかの被害を受けた企業は17社に上ったとのことです。亡くなられた方にはお悔やみ申し上げると同時に、早期の復旧をお祈りします。

5月14日19時蘇州吴江区で発生した竜巻(毎日経済新聞)

 こうしたエクストリームウエザーの発生は世界的な現象となっていますが、環境保護や地球温暖化対策に中国政府も積極な対応を行っています。長江流域の水質改善状況については前回報告しました(最近では絶滅が危惧された河海豚も戻ってきているそうです)が、5月12日の全国防災減災の日では、蘇州でも地震などの災害に備えた訓練が実施されました。また、地球温暖化対策のための再生可能エネルギーの拡充においても蘇州は少なくない役割を果たしています。とくに風力発電は、蘇州の場合、場所柄海上に設置されることが多いのですが、圧倒的に不足しているのが、設置用の船舶とのことです。風力発電設備は、高さ120メートル、最大直径2.5メートルの塔を海底に打ち込むのですが、これを運ぶ専用船と、施工のための船舶が20隻程度しかなく、このため、設置費用が昨年の一基あたり400万元から今年には800万元にも上昇しているとのことです。蘇州を含む江蘇省は造船業も盛んですが、こうした海洋エンジニアリング関連の船舶需要の高まりに造船業界も前向きに取り組んでいるとのことです。カーボンニュートラル実現のために再生可能エネルギー関連投資などに必要な投資は、138兆元と試算されているそうですが、こうした新規投資機会の拡大は、蘇州市の産業にとっても大きなチャンスをもたらすと言えますし、蘇州市に進出している電力関連の日本企業にとっても新たな事業機会をもたらすもではないかと思います。

 最後に、あまり指摘されていない蘇州市の強みについて触れたいと思います。中国の多くの省や地方都市がインフラ投資などに関わる支出が嵩んで財政難に直面しています。とくに青海、雲南、広西、甘粛といった内陸部の省や、重厚長大産業依存からの脱却にもがく黒竜江、吉林といった東北の諸省は、慢性的な財政赤字に苦しんでいます。一方、蘇州の場合、コロナ禍に伴う対策費用が増加した2020年でも、一般公共財政収支は黒字を維持しました。今年に入っても、第一四半期の歳入は21.1%増の700億元、歳出は10.3%増の575億元と大幅増収と財政黒字を実現しています。税収は17%増の596億元に上りました。付加価値の高い製造業やサービス産業の集積度が高いことや、収益力のある民営企業が多く集まっていること、働き者の個人企業が相次いで開業していることといった、「活気」が市政府の収入拡大を支えているといえます。財政黒字が続けば、経済産業政策のみならず民生の向上を目指した様々な施策も打ち出しやすくなり、それが、さらに企業の投資を呼び込むという好循環が維持されているわけです。

 なお、4月22日、蘇州市政府は中国中医科学院大学を市内の吴中区に誘致することに成功しました。中国中医科学院は1955年に設立された漢方医学分野で中国最高峰の地位を占める大学です。長江デルタ地帯における漢方医学の発展改革のため、基礎研究開発や人材育成を行うのが目的とのこと。これもあまり知られていませんが、蘇州市は、中国の貧困省の一つである雲南省の脱貧事業に多々協力してきた実績があります。財政面での余裕があったという事情もあるでしょう。ちなみに、清朝初期に雲南の地を収めた呉三桂という将軍が、明を裏切って清に付いた理由は蘇州出身の有名な芸妓陳円円が、紫禁城を占拠した李自成の手に落ちたからだという説もあります。雲南と蘇州の縁は17世紀までさかのぼれるともいえるわけですが、雲南省は、別名「漢方の郷」とも言われ、様々な漢方薬草が採取される地域でもあります。漢方医学最高峰の大学が蘇州進出を決めたのも、こうしたことが背景にあるのかもしれません。

著者 上場 大 

1955年生。一橋大学卒後、銀行勤務を経てメーカーに転じる。現在中国ビジネス関連のコンサルティングを行う。主な著書に「中国市場に踏みとどまる」(草思社)。日経ビジネスオンラインで「中国羅針盤」を連載。中国とのお付き合いは17年に及ぶ。